100万円稼いだら、いくら残る? 調べてわかった「損な世代」の正体

100万円稼いだら、いくら残るんだろう。

日本の「国民負担率」は、2026年度の見通しで45.7%。数字だけ見ると、100万円稼いでも54万3,000円しか残らないような気がしてくる。

でも、そういう意味ではない。

国民負担率は、日本全体で負担する税金と社会保障負担を「国民所得」で割った数字だ。あなたの給与明細から45.7%引かれる、という話ではない。

では、本当に100万円稼いだら、いくら残るのか。

100万円は、意外と80万円くらい残る

条件をそろえてざっくり計算してみる。

福岡県在住、40歳未満、独身、扶養なし。会社員で給与以外の所得はなく、協会けんぽに加入しているとする。

2026年度の福岡県の健康保険料率は10.11%。厚生年金の保険料率は18.3%で、どちらも基本的に会社と本人で負担する。

所得税、住民税、社会保険料まで含めて年額で見ると、ざっくりこんなイメージになる。

年収額面100万円あたり残る金額
300万円約80万円
500万円約78万円
1,000万円約73万円

※2026年の制度を基準にした比較用モデル。標準報酬月額、賞与、住民税の前年所得課税、各種控除などによって実際の金額は変わる。

少なくとも、普通の会社員が一律で「100万円稼いだら46万円取られる」わけではない。

となると、次の疑問が出てくる。

じゃあ、国民負担率45.7%って何なんだ?

「取られたお金」は、どこへ行く?

給与明細だけを見ると、税金や社会保険料は全部「なくなったお金」に見える。

でも、所得税と社会保険料は同じものではない。そして社会保険料は、ただ消えているわけでもない。

年金、医療、介護、失業、子育て。

僕らは働いている間に負担する一方で、病院へ行けば健康保険を使い、年を取れば年金を受け取り、介護が必要になれば介護保険を使う。

つまり「今いくら引かれた?」だけ見ても、この仕組みの損得は分からない。

だったら、一生で見たらどうなるんだろう。

生涯で払うお金と、生涯で受け取るもの。

実は、それに近い計算を本気でやった研究がある。

同じ日本人でも、生まれた年で違う

「世代会計」という考え方がある。

ある世代が生涯で政府や社会保障へどれくらい負担し、どれくらい受益するのかを推計する方法だ。

2012年に公表された研究では、年金・医療・介護について、生涯で受け取る額から保険料や自己負担を引いた「生涯純受給率」を出生年別に計算している。

結果は、かなりきれいに世代で分かれた。

生まれ年生涯純受給率
1950年+1.0%
1960年-5.3%
1970年-7.8%
1980年-9.8%
1990年-11.5%
2000年-12.4%
2010年-13.0%

1950年生まれは受益超過。

若い世代になるほど、負担超過が大きくなるという推計だ。

これだけ見たら、言いたくなる。

「やっぱり若い世代、損してるじゃん」

ただ、まだ結論を出すのは早い。

そもそも、この数字は「人生全体の損得」ではない。年金・医療・介護を一定の前提で推計したもので、企業負担分を本人負担に含めるなど、計算上のルールもある。

それでも、なぜこんな世代差が生まれたのか。

ここから、日本の歴史が見えてくる。

1973年、日本は「福祉元年」を迎えた

1973年は、日本の社会保障にとって大きな年だった。

老人医療費の無料化が全国で始まり、年金は大幅に引き上げられ、物価上昇に合わせて年金額を動かす「物価スライド」も導入された。この年は「福祉元年」と呼ばれている。

当時の日本は、今よりずっと若かった。

働く世代が増え、経済も大きく成長していた。高齢者を社会全体で支える仕組みを充実させること自体は、その時代には十分合理的だった。

ところが、その1973年に石油危機が起き、高度経済成長は終わりを迎える。社会保障は充実した一方で、それを支える経済と人口の前提は、その後どんどん変わっていった。

そして日本は、世界でもかなり速いスピードで高齢化していく。

日本は24年で「高齢者の割合が倍」になった

人口に占める65歳以上の割合が7%から14%になるまで、フランスは115年、アメリカは72年、ドイツは40年かかった。

日本は24年だった。

1970年に7%を超え、1994年には14%、2006年には20%へ到達した。14%から20%までは、わずか12年だ。

社会保障という仕組みが突然おかしくなったわけではない。

その仕組みを使う日本人の人数バランスが、ものすごい速度で変わった。

働く人が多く、高齢者が少なかった時代に拡充された制度を、働く世代が減り、高齢者が増えた日本でどう維持するのか。

ここまで来ると、若い世代の負担超過が大きくなる理由も少し見えてくる。

だったらやっぱり、1950年生まれの方が得だったのか。

ここで一度、別の聞き方をしてみたい。

じゃあ、1950年に生まれたい?

1950年生まれは、さっきの社会保障の数字だけなら有利だった。

では今の20代や30代に、

「1950年に生まれ直せます。どうします?」

と聞いたら、何人がYESと言うだろう。

1950年は、終戦からまだ5年。

高度経済成長はこれからだし、今のような医療も、家電も、インターネットも、スマートフォンもない。

もちろん、高度経済成長を若い頃から経験できたことや、住宅価格など、昔の世代に有利だったものもある。

でもここで、「得な世代って何?」という問題が出てくる。

社会保障でいくら得したか。

生涯でいくら稼げたか。

何を買えたか。

どんな医療を受けられたか。

何歳まで生きられたか。

便利な社会で暮らせたか。

どこまで数えるかで、答えは変わる。

実は内閣府経済社会総合研究所も、この問題を別の角度から調べている。

1950年、1980年、2010年生まれについて、政府とのお金のやり取りだけではなく、生涯の消費や教育・医療・介護などの現物給付まで含めて比較した。

すると、従来の世代会計とはかなり違う景色になった。

一定の経済前提のもとでは、1980年生まれと2010年生まれの方が、1950年生まれより豊かな生涯消費水準を享受できると期待されるという。

もちろん、これも絶対ではない。

特に2010年生まれの人生はまだこれからなので、将来の経済成長や制度をどう仮定するかによって結果は変わる。

でも、この結果は一つ大事なことを教えてくれる。

「損な世代」は、何を数えるかで変わる

社会保障だけを見るなら、若い世代ほど負担超過が大きいという推計がある。

これは事実として無視できない。

一方で、それをそのまま、

「だから若者は人生で損している」

と置き換えることもできない。

社会保障の収支を数えるのか。生活水準まで数えるのか。教育、医療、道路、インフラ、技術の進歩まで数えるのか。

どこまでを「日本から受け取ったもの」と考えるかで、数字は変わる。

100万円稼いだら、いくら残るんだろう。

最初は、それだけを知りたかった。

調べていたら税金の話になり、社会保障の話になり、最後は生まれた年の話まで来てしまった。

でも、ここまで来ると「昔の人は得だったのか?」だけを争うことには、あまり意味がない気がしてくる。

僕らが選べるのは、生まれる時代ではない。

選べるとすれば、今の日本をどんな形で次の世代に渡すかの方だ。

1950年生まれが得だったのか。

2000年生まれが損なのか。

その答えは、数えるものによって変わる。

では50年後、今の子どもたちから見た僕らは、どんな世代になっているんだろう。