日本の男は本当に弱くなった? 40年の体力データから、仕事・運動不足・生産性まで調べてみた

「最近の男、弱くなってない?」

かなり雑な疑問だと思う。

昔の写真を見ると、今より細いのに妙にたくましく見える。農業、工場、建設、運送など、身体を使う仕事をしていた男性も多かった。

一方、今はパソコンの前で仕事ができる。重い物は機械が運び、移動には車や電車を使う。

では、本当に日本の男は弱くなったのか。

ただ、「男の強さ」そのものを測る統計はない。この記事では、長期比較しやすい男子の体力・運動能力を入口に、成人男性を含む体力データ、仕事で求められる身体活動、労働や生産性まで順番に見ていく。

「男子の体力=日本の男全体の強さ」と決めつけないことを前提にする。

調べる前は、もっと単純な話だと思っていた。

「ゆとり教育のせい?」
「ダンス必修化の影響?」
「昔ほど働かなくなったから?」

そんなことを考えながら数字を追ってみた。

ところが、調べれば調べるほど話は単純ではなくなった。

先に、この記事で分かったことを3つ挙げる。

  1. 男子の体力は、すべて落ちたわけではない。 握力、持久力、投げる力は昔より低い。一方、50m走は昔と同等か、少し速い年代もある。
  2. 「ゆとり教育」や「ダンス必修化だけ」が原因とは言えない。 調べてみると、中学校の保健体育の授業時間はむしろ増えていた。
  3. 男の体力だけで、日本経済の弱さを説明することもできない。 ただし人口が減る日本では、「健康に長く動ける身体」の価値はこれから高くなる可能性がある。

日本の男子は、本当に体力が落ちたのか

まず、感覚ではなく数字を見る。

スポーツ庁の「体力・運動能力調査」には、同じ年齢を長期間比較できるデータがある。過去の報告では、1985年頃が体力水準の高かった時期として比較されてきた。

ここでこの記事が主に見ている「体力」は、握力や走る力、投げる力など、テストで測れる体力・運動能力のことだ。

「疲れにくさ」や病気への抵抗力まで、体力という言葉のすべてを測っているわけではない。

そこで13歳と16歳の男子を、1985年と2024年で比べてみる。

この比較の注意点

1998年度から「新体力テスト」が始まり、昔のスポーツテストとは種目や測定方法が一部変わっている。

12〜19歳で昔と現在に共通する実技は、握力、50m走、ハンドボール投げ、持久走(男子1500m・女子1000m)。

この記事の1985年との比較も、この長期比較できる種目だけを使う。

13歳男子

種目1985年2024年変化
握力31.16kg29.46kg1.70kg低下
50m走7.90秒7.82秒0.08秒速い
1500m走366.40秒390.05秒約24秒遅い
ハンドボール投げ22.10m21.36m0.74m低下

16歳男子

種目1985年2024年変化
握力44.22kg38.89kg5.33kg低下
50m走7.35秒7.31秒0.04秒速い
1500m走357.35秒372.16秒約15秒遅い
ハンドボール投げ27.86m25.21m2.65m低下

【グラフ挿入:1985年と2024年の男子体力比較】

握力、持久力、投げる力は低くなった。それでも50m走はわずかに速い。

ただし、1985年と2024年の2点だけを直線で結ぶのも危ない。

13歳の運動能力を1964〜2023年まで追った研究では、男子は1980年代に高い水準を迎え、2000年頃まで低下。その後2019年頃までは停滞し、2020年以降に再び大きく落ちたという流れが確認されている。

つまり、40年間ずっと同じペースで弱くなり続けたわけではない。

直近の低下には、コロナ禍による活動制限など別の要因も重なっている可能性がある。同じ研究では、体格の変化と運動能力の変化も必ずしも同じ方向ではなかった。

「今の男子は、昔より何もかも弱い」ではなかった。

落ちた能力と、維持されている能力がある。

特に落ちているのは「力」「持久力」「投げる力」

スポーツ庁の長期データでも、男子では握力、持久走、ボール投げなどに低下傾向が見られる。

一方、50m走などは昔と比べても大きく悪化していない。

握力は単なる「手の力」だけを見る数字ではない。全身の筋力や健康状態とも関連する、測りやすい指標として研究でも使われている。

ハンドボール投げも腕力だけではない。

足で踏ん張り、腰を回し、身体をひねり、腕へ力を伝え、タイミングを合わせる。全身を連動させる運動だ。

だから「最近の子は肩が弱い」だけでは説明できない。

身体能力全体が、一律に弱くなったわけではない。

ここは、調べる前に持っていた「昔の男の方が全部強かった」というイメージと違った。

実は、1998年と比べると違う景色が見える

さらに大人まで広げると、話はもっと単純ではない。

スポーツ庁の2024年度調査では、「新体力テスト」を始めた1998年度頃と比べると、30〜49歳の女性を除き、男女ともおおむね多くの年代で2024年度の体力合計点の方が高かった。

一方、直近10年間だけを見ると、どの世代も体力合計点はおおむね横ばいか低下傾向だった。

男性の総合評価でも、9歳、12歳、15歳、18歳、35〜39歳は1998年度以降おおむね横ばい。55〜59歳と75〜79歳では向上傾向が確認されている。

基準年を変えると、見える景色も変わる。

1985年という体力水準が高かった時期と比べれば、落ちた種目がある。

一方、1998年度頃からの新体力テスト合計点では、改善している年代もある。

ただし、こちらは新体力テストの「合計点」の比較で、1985年と2024年の4種目比較とは別の指標だ。

数字を一つにつなげて「上がった/下がった」とは扱わない。

ダンス必修化で、体育がおかしくなった?

ここで最初に疑ったことがある。

「体育でダンスをやるようになったせいで、走ったり筋力を使ったりする時間が減ったんじゃないか?」

調べる前は、結構ありそうだと思っていた。

2012年度から全面実施された学習指導要領では、中学1・2年で武道やダンスを含む運動領域を学ぶようになった。

では、そのぶん体育の授業時間が削られたのか。

調べてみると、逆だった。

  • 以前:年間総授業時数980時間/保健体育90時間
  • 改訂後:年間総授業時数1,015時間/保健体育105時間

体育は年間15時間増えていた。

【グラフ挿入:中学校の保健体育90時間→105時間】

調べる前の予想 → 実際は?

調べる前の予想:
ダンス必修化で、ほかの運動に使う時間が減った?

実際に調べると:
保健体育そのものは90時間から105時間へ増えていた。

少なくとも「ダンスを入れたせいで体育時間そのものが減った」とは言えない。

最初の仮説は外れた。

でも、この「外れた」が大事だと思う。

最初から「ダンス必修化のせいだ」と結論を決めていたら、この数字は見えなかった。

体力低下の原因は、体育より日常生活にある?

学校の中だけを見ても答えは出なさそうだ。

そこで学校の外も見てみる。

全国体力調査では、保健体育の授業以外で身体を動かす時間と、中学生の体力に大きな差がある。

男子で1週間の運動時間が「60分未満」と「420分以上」のグループを比べると、次の差がある。

  1. 50m走:8.64秒 → 7.84秒
  2. 1500m走:477.4秒 → 394.2秒
  3. 20mシャトルラン:54.0回 → 85.1回

【グラフ挿入:週間運動時間と体力】

ただし、「運動したから必ず体力が高くなった」とまでは言えない。

もともと運動が得意な子ほど、スポーツをする時間が長い可能性もある。

では、なぜ日常で身体を動かす時間が減ったのか。

公的資料や研究で繰り返し出てくる原因候補は、大きく5つある。

  1. 外遊びやスポーツをする時間の減少
  2. スマホ・ゲーム・動画などスクリーンタイムの増加
  3. 睡眠不足、朝食欠食など生活習慣の変化
  4. 肥満の児童・生徒の増加
  5. 遊び場や一緒に遊ぶ仲間の減少、生活の利便化

もちろん、この5つだけですべての体力低下を説明できるわけではない。

年代や調査によって関係の強さも違い、複数の要因が重なっていると考えた方が自然だ。

スポーツ庁も、2021年度の体力低下について「運動時間の減少」「学習以外のスクリーンタイムの増加」「肥満の増加」を主な要因として挙げ、コロナ禍がそれらにさらに拍車をかけた可能性を示している。

さらに2026年の早稲田大学の研究では、小学生307人を調べたところ、毎日60分以上の中高強度の身体活動をしている子ほど体力が高く、スクリーンタイムが短い、または十分な睡眠を取っている子でも体力が高い傾向が見られた。

ただし、この研究も1時点を調べた横断研究だ。

スマホを短くすれば必ず体力が上がる、とまで原因と結果を決めることはできない。

それでも、学校の体育だけを見るより、「一日をどう過ごしているか」まで見た方が体力低下を説明しやすいことは確かだ。

そもそも、仕事で身体を使わなくなった

ここから少し視点を変える。

子どもの体育や運動習慣だけでなく、社会そのものが身体を使わなくなっていないだろうか。

1950年には、男性就業者の約4割が農林漁業だった。

1970年には、生産・運輸関係の仕事が約44%を占めている。

現在は職業分類そのものが変わっているため、昔と完全に同じ形では比べられない。

そこで2024年の男性就業者を、この記事で比較しやすいように組み直した。

  • 管理+専門・技術+事務:約36.5%
  • 生産+輸送+建設+運搬・清掃等:約36.3%

分かりやすく言えば、前者はホワイトカラーに近い仕事、後者はブルーカラーに近い仕事だ。

ただし、この36.5%と36.3%は国の公式な「ホワイトカラー/ブルーカラー」分類ではない。

総務省の職業分類を、この記事でこちらが再分類した概算だ。

それでも長い目で見れば、農林漁業や生産中心だった時代から、専門・技術・事務などの割合が大きい社会へ変わってきた。

体力が落ちたから、肉体労働が減った?

ここで順番を逆にしてみる。

**「社会が体力を必要としなくなったから、体力を維持する必要も薄れた」**のではないか。

工場は機械化された。農業にも機械が入り、重い荷物はフォークリフトが運ぶ。

デスクワークなら、パソコンの前で仕事ができる。

実際、2024年に日本の職業別の身体活動強度を長期推計した研究では、1953〜2022年に中強度の職業が大きく減り、座業中心・低強度の職業が増えた。

職業分類の変更が比較的小さい1962〜2010年では、平均職業METsが2.60から2.35へ低下し、約9.6%下がったと推定されている。

ただし、この研究は「同じ職業なら活動強度は期間中ほぼ一定」と仮定した推計だ。

研究者自身も、実際には機械化などによって職業内の活動強度も下がり、低下幅がさらに大きい可能性を指摘している。

2015年の総説でも、戦後復興から高度成長期には「労働者の体力」が重要な研究テーマだった一方、現代では主要テーマとして扱う研究が少なくなった経緯が整理されている。

ただし、**「ブルーカラーだから自動的に体力が高い」**とも限らない。

自動車部品工場の研究では、仕事中の身体活動量と体力に明確な関係は確認されず、余暇に運動しないことの方が体力低下と関連していた。

肉体労働と、健康のための運動は同じではない。

日本人は、本当に働かなくなったのか

昔の男性が今より身体を使って働いていたとして、もう一つ気になる。

「そもそも今の日本人は、昔ほど働いていないのか?」

厚生労働省の「毎月勤労統計調査」で年度平均をそろえて比べる。

  • 全労働者:1990年度126.4 → 2025年度99.9(約21%低下)
  • 一般労働者:1993年度107.1 → 2025年度100.2(約6.4%低下)
  • 2025年度の月平均実労働時間:一般労働者160.7時間/パートタイム78.7時間
  • パートタイム労働者比率:1990年度13.10% → 2025年度31.39%

【グラフ挿入:パートタイム労働者比率の変化】

つまり、「日本人一人ひとりが、昔より2割働かなくなった」ではない。

短時間で働く人の割合が増えたことも、全体平均を押し下げている。

統計の平均値は、そこに含まれる人の構成が変わるだけでも動く。

「日本人は働かなくなった」と一言で片付けると、少し雑だ。

働く時間を減らした分、日本は効率よくなった?

働く時間が短くても、1時間で生み出せる価値がそれ以上に増えればいい。

これが「労働生産性」だ。

日本の1時間あたり労働生産性は、長期では上昇している。

1人当たり実質GDPも、2005年度の約417.2万円から2024年度の約474.1万円へ増えた。

ただ、日本だけが成長しているわけではない。

OECDによると、日本の1時間あたり生産性の伸びは、2000〜2008年の約1.2%/年から、2019〜2024年の約0.3%/年まで鈍化した。

「日本は効率化していない」ではない。

効率化している。

でも、その速度が遅くなっている。

海外でも、人は身体を動かさなくなっている

ここまで日本の話を見てきた。

でも、身体を動かさなくなっているのは日本だけなのだろうか。

WHOの比較可能な推計では、十分な身体活動をしていない成人は2000年の23.4%から2022年の31.3%へ増えた。

2022年には約18億人。

世界の大人のおよそ3人に1人だ。

この比較の注意点

WHOの身体活動ガイドラインは途中で変更されている。

ここで使うのは、2000年から2022年までを比較できるよう調整された公式推計値だ。

そのうえでも、世界の身体活動不足は増えている。

身体を動かさなくなったのは、日本だけではなかった。

日本の身体活動不足は、世界の中でどうなのか

では、その世界の中で日本はどの位置にいるのか。

比較条件をそろえやすい成人全体のWHO/OECD推計を見る。

  • ドイツ:約15%
  • OECD平均:約30%
  • アメリカ:約36%
  • 日本:約51%
  • 韓国:約61%

【グラフ挿入:成人の身体活動不足率・国際比較】

日本はOECD平均より高い。

ただ、韓国は日本よりさらに高い。

だから「日本だけの問題」とも、「便利な先進国なら全部同じ」とも言えない。

この「身体活動」にはスポーツだけでなく、仕事、家事、徒歩移動、余暇なども含まれる。

また、自己申告をもとにした推計なので、国民の怠け度ランキングではない。

ここで言えるのは、同じWHOの枠組みで比較すると、日本は身体活動不足が多い側にいるというところまでだ。

日本は、世界一長く働く国なのか

「日本人は働きすぎ」という話もよく聞く。

OECDの2024年公表値では、日本の年間労働時間は1,617時間。

ただしOECD自身、この統計を同一年の国同士の厳密な順位比較に使うことには注意を促している。

そこで国際順位より、日本自身の変化を見る。

  • 1988年:2,092時間
  • 2024年:1,617時間

【グラフ挿入:日本の年間労働時間1988→2024】

日本人の平均労働時間が長期的に減っていること自体は確か。

でも、それだけで国が弱くなったとは言えない。

「長く働く」「身体が強い」「生産性が高い」は別物

2024年の日本の1時間あたり労働生産性は、アメリカを100とすると約62%だった。

1995年には約73%だった。

【グラフ挿入:日本の時間当たり労働生産性・米国比】

ただし、日本の生産性そのものが30年間ずっと下がったわけではない。

日本も上がったが、アメリカの方が速く伸びたため、相対的な差が広がった。

整理すると、次の3つは別の話だ。

  1. 長く働くこと
  2. 身体が強いこと
  3. 1時間で多くの価値を生み出すこと

この3つを、そのまま一本の線で結ぶことはできない。

「昔の男は身体が強かった」
「昔は長時間働いていた」
「昔の日本経済は強かった」

これが同時に成り立つ時期があったとしても、だからといって、

身体が強かったから、日本経済が強かった

とは言えない。

男性の体力と、日本経済には関係があるのか

それでも、身体は経済と全く関係ないのだろうか。

仕事には来ているものの、本来の力を出せない状態を「プレゼンティーズム」という。

2025年に日本の労働者11,438人を調べた研究では、余暇の身体活動が多い人ほど、プレゼンティーズムが少ない傾向が報告された。

激しい運動をしていない人に限ると、軽めの身体活動を週60分以上行う人は、全くしない人よりプレゼンティーズムの割合が低かった。

ただし、これは同じ時点で運動習慣と仕事の状態を調べた研究だ。

運動が直接プレゼンティーズムを減らした、と因果まで断定はできない。

考えられる流れは4段階ある。

  1. 体力や健康を維持する
  2. 病気や強い疲労が減る
  3. 健康に働ける期間が長くなる
  4. 仕事中に能力を発揮しやすくなる

ただし、**「男子の握力が10%落ちたからGDPが○%落ちた」**というような研究は、今回調べた範囲では見つからなかった。

「ありそう」と「証明されている」は違う。

ここは分けておきたい。

それでも、体力を軽視していいのか

日本では、これから働く世代そのものが減っていく。

100人でやっていた仕事を80人でやるなら、大きな方向は2つある。

  1. 1人あたりの生産性を上げる
  2. 1人ひとりが健康に長く働けるようにする

AIやロボットへの投資は、主に1つ目だ。

では、2つ目はどうだろう。

筋力、持久力、睡眠、運動習慣、身体の健康。

これも人間への投資ではないだろうか。

40歳でも50歳でも元気に動ける身体を作ることも、人への投資と考えていい気がする。

社会が体力を必要としなくなった。

でも、社会が必要としないから、人間も体力を失っていいのか。

結局、日本の男は弱くなったのか

ここまで調べた答えは、

「能力によっては弱くなった。でも、“男全体が弱くなった”では雑すぎる」

だ。

昔より低い能力には、握力、投げる力、持久力の一部がある。

一方で、50m走など維持されている能力もある。

基準年を1998年頃に変えれば、体力合計点が改善している年代すらある。

そして、昔と今では仕事そのものが違う。

昔は重い物を持てる、長時間身体を動かせる、身体が頑丈という能力が仕事に直結しやすかった。

今は知識、判断、IT、コミュニケーション、専門性の価値が大きい。

社会が求める「強さ」が変わった。

ただ、一つ疑問は残る。

新しい能力を得るために、古い能力まで失う必要はあったのだろうか。

頭も使える。

ITも使える。

そして身体も強い。

別に、どれか一つを選ぶ必要はない。

では、日本そのものは弱くなったのか

ここまで来ると、「男が弱くなった?」という最初の疑問は、日本そのものの話にもつながってくる。

でも、ここも単純ではない。

日本には良くなったものも、悪くなったものもある。

1人当たり実質GDPは長期では増えている。

労働生産性も長期では上がっている。

その一方で、人口は減り始め、働く世代も減っていく。

生産性の伸びは鈍くなり、身体活動不足も多い側にいる。

「日本は終わった」でもない。

「日本は何も問題ない」でもない。

まず、今どこにいるのかを知る。

そこから考えればいい。

じゃあ、自分たちに何ができる?

「じゃあ筋トレしましょう」だけで終わるのも違うと思う。

自分なら、自分の身体を維持する。

子どもには、競技の上手さだけでなく、身体を動かす習慣を残す。

会社なら、従業員の健康を福利厚生だけでなく、人的資本として考える。

国や自治体を見るなら、教育、労働、健康、少子化について何をしようとしているのかを見る。

そして選挙のときも、「なんとなく」ではなく、自分が気になった論点から見てみる。

全部を一人で変える必要はない。

でも、知ったあとに、何もしない必要もない。

おわりに――「弱くなった?」くらい雑な疑問から始めていい

今回の出発点は、

「最近の男、弱くなってない?」

だった。

かなり雑だ。

でも、調べてみたら、

ダンス必修化が原因かと思ったら、体育の授業時間は増えていた。

体力は全部落ちていると思ったら、50m走は維持されていた。

昔より働かなくなったと思ったら、パートタイム労働者の増加という構成変化もあった。

日本だけ身体を動かさなくなったと思ったら、世界全体でも同じ方向へ進んでいた。

そして調べていくうちに、

体力、運動習慣、仕事の変化、機械化、労働時間、生産性、人口減少までつながった。

最初から正解を持っている必要はない。

「なんか変じゃない?」

くらいから始めて、数字を見てみる。

予想が違ったら、直す。

それを繰り返せばいい。

最後に残ったのは、この2つの問いだった。

社会が身体を必要としなくなった時、人間は身体まで弱くなっていいのだろうか。

人口が減る日本で、「強い人間」とは何なのだろうか。

日本の現在地を知る。

自分で考える。

そして、自分にできることを一つやる。

主な資料

  • スポーツ庁「体力・運動能力調査」
  • スポーツ庁「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」
  • 文部科学省「中学校学習指導要領」
  • 総務省統計局「国勢調査」「労働力調査」
  • 厚生労働省「毎月勤労統計調査」
  • 内閣府「国民経済計算」
  • WHO 身体活動に関する国際推計
  • OECD「Hours worked」
  • OECD「Compendium of Productivity Indicators」
  • 日本における職業上の身体活動強度の長期推移
  • 労働者の身体活動とプレゼンティーズムに関する研究